「私のこと」    
                                                                松原みろん

幼少の頃より母の手作りの人形で遊んでいました。小学校に上がる前には自分でも人形を作りました。
小さいものを作るのが得意な母は上手に作れるのに、何で自分は上手く作れないんだと泣きながら作ったこともありましたが、その頃から小さいものが好きでした。

爪楊枝を芯にした紙粘土で作った粘土ドレスの人形を沢山作って並べていました。
高学年でミシンを使うことを覚え「粗製乱造」と称される程に人形を大量生産したこともあります。
同じようなものがすらりと並んでるのが大好きな子供でした。【幼稚園から小学校1年で作った人形】


ある時、粘土で原型を作り石膏で型を取り紙を貼る作り方を教えてもらい、再び組成乱造の道をまっしぐら。
今程に容易く材料が手に入る状況ではなかったので、布団を解した綿や紅茶染めしたTシャツ、目玉にするビー玉、すべてが貴重品でした。
この時は自分でも驚く大きさに挑戦したこともありますが、完成には至りませんでした。
大きい人形は作りやすいですが、作っているうちに愛がなくなってしまうのです。
母の持っていたたくさんの人形作りの本をいつも眺めていました。


それから何年か後にデ・アゴスティーニから「マイ・ドールズハウス」が出ました!

暫く忘れてた小さいもの偏愛心が爆発的に大きくなり何号か購入していましたが、設置場所に困り挫折。
でも「ミニチュアを作る」事に目覚め、ちょいとばかり器用だったこともあり、ミニチュアの野菜や果物を大量生産。
ところが程なく目的がミニチュア作りではなく粘土集めになってしまい、一時は日本一の市販粘土 コレクターではないかと思うほど粘土を集めました。
ミニチュア作っても粘土は全然減らないし、いつかこれで何かを作らなくては、と考えつつも大量の粘土を ソッと仕舞い込むのでありました。

しかし時代は変わりネットが普及したことにより球体関節人形の存在を知り、集めるだけの粘土が使う粘土に。
もっとも使う以上に購入もしましたが、多くの作り方講座サイトのお陰で試行錯誤しつつもとても充実した日々でした。
最初は石粉粘土で十分に事足りていたのですが、何体か作っていくうちに粘土の強度不足に悩まされるようになりました。
特に小さい人形は「小さい」だけでは なく「薄い」のでちょっと触っただけでペチッと割れたり折れたり…。
次第に心は半永久に変わる事ない(しかも汚れても拭いたら良いし粘土に比べて頑丈な) ビスクに魅せられ窯を買うために貯金をしていました。
そしてある時ついに窯より先にモールドを買ってしまい、「モールドがあるのに窯が無いなんて!」と思い切って窯購入。
それから坂を転がるように資材を買い込み、自己流で壁にぶち当たりまくりながらも小さいビスク人形 を作る毎日です。


2008年6月に念願のイベントに出ることにしたのでそれを機にこのサイトを作りました。屋号は好きな花の名前に小さいものという意味の芥子を掛け て「雛罌粟人形堂」に。
和風にもこだわりたいのですが、センスが追いついてきていません。雛罌粟についてはまた別の場所で語りたいと思います。
誰かに教えを請うともっと効率良く質の良い物が出来ると思いますが、悩みつつも工夫して自ら答えを見出す快感を捨てきれないので、これからもきっと遠回りしながら、ぼちぼち小さい人形を作っていきたいと考えています。

 おわり